越智 愛 の日常と〇〇

いつまでたってもイスタンブール 300万人を抱えるブロガーを目指す

先人の役割とは

 

これ

 

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記事の内容云々は置いておいて

 

「来年から楽になるなんてずるい。役員をすませた私たちがバカをみたようだ」

 

この言葉がなんかすごい。

「ずるい」という発想が来ること自体、組織のこと、ここではPTAのことを何も考えてないんだと思われる。

自分が所属している組織のことを本当に良くしていこうという気持ちがあるのであれば「ずるい」と言った相手の行動を非難する発言ではなく、組織の経緯や背景、先人の思いなどを鑑みた指導になるのではないだろうか?

 

「ずるい」といった概念は自分が組織に対して真剣ではないからこそ生まれる考えだと思ってしまう。

 

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多くの団体、組織、チーム等は世代が変わっていくことが多いと思う。

この時に、実際に活動、仕事、業務を行ってきた先人たちが

下の代に残すことができるものは何だろうか、ということを考えると自分達の「経験」であろう。

 

この「経験」は一言で言うにはあまりにも多くのことを含みすぎていると思うが、

ここでいう経験とは「知識(知っているか知らないかだけのこと)」であり

「技術(時間と共に身についていくもの)」のことではない。

 

多くの先人たちはこの「経験」という言葉を安易に使って

「知識」と「技術」という言葉をごちゃ混ぜにしている気がしてならない。

 

後輩の成長、組織の活性化を願って後輩たちに経験を積ませるのは良いことだと思う。

 

ここで言う経験はあくまで「技術」のことだ。

自分がやらないとわからないこと、やってみて実際にわかること。

沢山あると思うし、それを部下に任せて一任するというのは

個人の成長を考えてもとても良いことだと思う。

自分の企画のプレゼンテーションで大失敗したりすることで、次はもっと上手くやってやるという気になるのは、本人にとってもチームにとっても必要不可欠なことだと思う。

これは「技術」であり、やればそのまま上手くなる、むしろやらなければならない。

 

問題なのが「知識」である。

企画のプレゼンテーションを行う際の、準備する資料の数や、プレゼン用の部屋の予約の仕方だとか、会社で決まっているフォントのサイズだとか。

ここにあげたのは大分雑だけれども、こういった「知らないとどうしようもないこと」を経験として指導している先人が多いと感じる。

 

「今の若者は根性が無い。調べようとしない。何でも質問してくる。」

 

こういった意見をよく聞くが、果たしてその若者の質問の意図は

「経験」における「知識」に対する質問なのか「技術」に対する質問なのか。

 

「プレゼンの際に保管用の資料がいるから、5部多く準備する必要がある」

「会議室の予約は、新人の場合は一週間前から必要だ」

「フォントは明朝体をどんな状況でも使う必要がある」

 

こういったレベルのことに対しても「考えたらわかるだろ」と言った指導がまかり通ってないだろうか?

 

考えてもわかるはずがない。

 

結局は知っているか、知らないか

ただそれだけのことが多いように感じている。

それを「経験」という一言で片づけている事案が多い。

 

もちろん、経験に対する解釈を曖昧にしているのは先人、後輩、共に責任があると思うが、その組織に属していて多くの「知識」「技術」を得ている先人が、より配慮する必要があると考えるのは必然であろう。