越智 愛 の日常と〇〇

いつまでたってもイスタンブール 300万人を抱えるブロガーを目指す

やりたいことNo.137 平田オリザの舞台を観る

 

観てきました。

舞台「さよならだけが人生か」

 

 

www.seinendan.org

 

 

元々はこの舞台の作・演出を手掛けている平田オリザさんの名前だけ知っていて

実際に平田オリザさんの書いた作品

 

 

bookclub.kodansha.co.jp

 

 

これを読んだのがきっかけでした。

この本、本当に面白いのでお勧めしたいです。色んな人に。

 

 

 

内容めっちゃ面白いんですけど、特にコミュニケーション能力とは何か?

と言うことを主題として話は進んでいきます。

が、コミュニケーション能力って聞いただけだと、

見知らぬ人の前でスラスラ話すとか、

誰に対しても臆せずに振舞うとか

そういう事をイメージすると思います。

もちろんそれもコミュニケーション能力として、人前で話すとか沢山の人と触れ合うと鍛えることができるとかそういう認識で間違ってはいないんだろうけど、それとは違った視点でコミュニケーション能力とはを語ってます。

 

 

 

その方法が舞台。シチュエーション。

 

 

 

分かりやすく言えば、会社でお偉いさんにプレゼンとかする時に

会社の役員室でプレゼンをするとめちゃめちゃに緊張するだろうけど

自分が良く行く馴染みのカフェとか、ライブハウスの中とか、

はたまた、スーツじゃなくて自分の普段着で音楽を聴きながらだとか、

そういったところだと緊張せずに普段の自分でいられるんじゃないの?ってこと。

 

 

 

 

つまり、実際に相手とのコミュニケーションの中で

その場所とか状況も大きな意味を持っているんではないの?

と言うことが書かれてます。

 

 

 

(もちろん、もっと深くコミュニケーションとは何かについて掘り下げられてますが、

 僕の理解力だとこれが限界です。)

 

 

 

と言うことはつまり

人とのコミュニケーションが苦手という人もいる中で相手と自分という2要素に

環境という第3要素をぶち込んだら一体何が起きるのか?

つまり第3要素によって

まだまだ色々な変化を起こせる可能性が残されているんじゃないか?

人為的なものでしかないと考えられていたコミュニケーションも、

別の要因で変革を起こせるんじゃないか?ってことが書かれてます。

 

 

コミュニケーションにおいて、その角度から変革を起こす

という考え方に衝撃を受けました。いや、ほんと。 

 

 

 

と、こんな風にこの本が面白過ぎたので、

その人が手掛ける舞台って一体どんなもんなんやろ?

と言うことで見てきたのがきっかけでございました。

 

 

 

 

舞台の内容は見てのお楽しみと言うことで。

観た方、ぜひ感想を語り合いましょう。

独特の世界観でした。笑

 

 

 

当たり前とは

 

 

当たり前のことを書いている記事とかブログとかが大学生の時と比べて大分目につくようになった気がするのは気のせいでしょうか。

 

やや物騒なニュースも多いこの頃。

 

社会人になったこの時期だからこそ、無意識のうちにそちらに自分のアンテナが向かっているかもしれないとも思う。

 

当たり前のことと言うのは河合隼雄さんの「心の処方箋」に書いてある。

ここで言う当たり前のことと言うのはそういう事を言っている。

 

 

何にせよ、当たり前のことすら教える必要があるというのは大きな問題であると思う。

この問題を河合さんは4年も前に言っているけれど、発展が進む世の中のどこか

そういった事を教える環境、

いや教えるということではなく

そこにあるのが当然という、

居るだけで慣れていく環境

というものが失われていっているのかも知れない。

 

言いたいことや伝えないといけないことと言うのは回りまわって、根っこの部分は同じままで進んでいくのかもしれません。

 

 

大事なのは「自分が譲れない部分」と「当たり前とは何か?」という部分の

バランスであると常々思います。

 

 

「普通に考えて」という枕詞

 

気が付いたら口から出てしまう言葉だと思うけれど、

改めて、使い方に気を付けたいと思う言葉の一つです。

 

普通って何?

 

というシンプルな疑問。

 

 

 

今までは普通だとか普通じゃないとか

そもそもそんなことを考えることすらしていなかったけれど

社会人になって一人の時間が増えたので余計に考えるようになりました。

 

 

本当ならば、もっと早くに気づかないといけないことであるし、

まぁ、気づけなかったから今こういう社会人をやっているのだと思うけれど。

 

 

誰もがそれぞれ同じような生き方をしているわけでは無いので

普通という言葉がそもそも何を表すのかってわかんない。

 

普通って、一人一人によって定義されるべき言葉であると思いますね。

 

全部が全部わかりやすければ「良い」のに、と思ったりすることもあります。

 

例えば、

じ‐しょ【辞書】

多数の語を集録し、一定の順序に配列して一つの集合体として、個々の語の意味・用法、またはその示す内容について記したもの。

みたいなね。

 

なんとなく、辞書って言われたら、あれのことやなって思い浮かぶものが

一致する可能性が「高い」と思うんですね。

一定の順序って言われても、なんとなくあいうえお順かなとか、思ったりね。

 

 

それが

ふ‐つう【普通】

[名・形動]特に変わっていないこと。ごくありふれたものであること。それがあたりまえであること。また、そのさま。

 

こうですからね。

 

ごくありふれたものって何?

あたりまえってなに?

 

適当にネットの辞書で引っ張っただけだけれども

普通って何?ってなりますね。

 

 

だから、普通に考えて、っていう言葉を

使いすぎることはとても危険だと思っています。

 

 

普通に考えてね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

他人に対して腹を立てるほど優しくなれない

 

 

誰かに対して腹を立てて、それを感情や行動にのせて表現をするのは

とてもエネルギーのいることだと思う。

 

 

そのためか、他人に対して腹を立てるという感情を

最近はほとんど持ったことが無い。

 

 

その代わりに出てきた感情が「諦め」であると思う。

 

 

 

駅の改札で詰まってる人だとか、

ATMの前でめっちゃ時間かかってる人とか、

電車の列に割り込んでくる人だとか、

自分の事を棚に上げて指摘してくる人とか、

約束を全然守らない人だとか。

 

 

知人ではない赤の他人に対しては、腹を立てたところでどうしようもないし、

知人に関してはそういう事をする人なんだなと思って距離を置いてしまう。

 

 

 

なので、見知らぬ赤の他人に対しては別として、

知人に対して腹を立てた時に、

きちんと自分の思いを乗せて相手に対して自分の意見を言える人は、

相手に対してこうなってほしいという気持ちであったり、

自分のエネルギーを使ってまでも相手に熱意を伝える姿勢があるという意味で

とても優しいと思う。

 

  

 

こういう話を時々他人にすると、返事は様々であるのだけれど

色々な意見が返ってくる。

ただ、一つだけ挽回したいことがある。

それは「相手のことを馬鹿にしすぎている」と言われることに対してである。

 

金輪際、馬鹿にはしていない。

これは誓っていい。

 

 

「その考え方って自分の考えは相手に伝わらないからって、相手を見下している」と

言われたときは驚いた。

 

 

なぜ、自分の考えがわかってもらえないから諦めるという考え方相手を見下す

という発想になるのか。

 

 

恐らく

「その考え方って自分の考えは相手に伝わらないからって、

 (相手は自分の言うことが理解できる人物ではないと判断して)相手を見下している」

と言う事なのだと思うけれど。

 

 

 

相手にわかってもらえないということはつまり、

そもそも考え方が違うのだ、というただそれだけで終わりの話であって

それ以上でも以下でもない。

十人十色という言葉があるように多様性を認めて終わりの話だと思っている。

それを分かってもらうように説明をするほどのエネルギーは無いし、

優しくはないというただそれだけの話である。

 

 

 

 

 逆に

相手と話しさえすれば、自分の考えを伝えきれる、他人とは必ず分かり合える、

という様に考えることは傲慢であるとさえ思う。

 

 

 

 

  

ただ、相手にあまり期待しないとはいえ、きちんとダメージは受けている。

 

 

 

 

 

 

やりたいことNo.68 劇団四季を見に行く

 

 

行ってきました。

 

www.shiki.jp

 

 

初めて見に行くし、せっかくだから最前列で見よう!

と、思い立ったのが昨年の11月のこと。

 

その時で既に最前列は8ヶ月後の7月にしか空いてないのだから

劇団四季すごい。

 

 

劇団四季って場所や公演時期で演目が変わるらしく、

人生初劇団四季はCATSでした。

 

 

何がどうすごいのかというのを根拠づけて表現するのは嫌いなので

グダグダとは書きませんが、見てて楽しかったです。

わくわくしました。

 

 

大きな建造物見たら、とりあえずすげぇってなる感覚と同じ感じで

すげぇってなりました。

 

 

良かったです。

 

 

 

 

 

やりたいことNo.13 ジャズバーに行く

 

 

行ってきました。

 

神戸のジャズバー

ソネ

 

 

 

シャレオツなおじさま方が演奏されてました。

 

自分の品格が上がった気がしました。

 

 

 

ただ、財布に厳しい。

 

 

経験の大数の法則

 

 

見放題2017に行ってきました。

すごくよかった。すごく。

 

www.mihoudai.jp

 

何が良かったっていうと

点在するライブハウスに軽いノリでふらふらと寄れるところ

とてもよかったです。

 

大阪近いし、大型フェスみたいにバスで遠いところまで行って

暑い中で野外で聞くというのとはまた違った良さがありました。

 

カミングコウベと言い、サーキット系のフェスの方が

自分には合っているかもしれない。

 

 

その中で

 

BURNOUT SYNDROMES 

youtu.be

 

 

ハルカミライ

 

youtu.be

 

がすげぇ良かった。よかった。

 

BURNOUT SYNDROMES は元から名前は知っていて、

ハルカミライはCD買ってたので余計自分の期待値が上がってたのもあるんだけれど。

 

とりあえずすげぇ良かった。笑

 

パフォーマンスやMCがとてもよかったのに加えて

彼らがもう自分より年下なんだなと思いながら見たことにあるのかとも思った。

 

自分にとって今までバンドとかアーティストって言うのは

年上なのが当たり前で、だからこそ経験則に基づいた色々を歌ってて

その中で自分に共鳴するのがあるんだろうなぁと思っていたのだけれど

実体験として

自分よりも若いバンドが歌っていることに対してもただシンプルに

良いな、と

思うことがあって。

 

 

うすうすと気づいてはいたけれど、

年上とか年下だとか

そういった概念って本当に大したことじゃないってことを実感しました。

 

面白い人はいつでも面白いし、

面白くない人はいつでも面白くない。

 

面白いってか興味を持てるか、持てないかの方が

言い表すのには正しいのかもしれないけれど。

 

長い目で見ると、自分が経験をすることや他人が経験をすることへの種類に

そう大差はないのかなと思います。

ただ、いつ経験するか、それが小学生の時なのか、社会人になってからなのか

死ぬ前なのかが違うだけで。

 

これ、僕の尊敬する先輩がチラッと言ってたことなんだけど、

確かにその通りだと思います。

 

 

とても良いフェスでした。

来年もいきたい。

 

 

 

 

 

 

最後に

ミーハーなのでyonigeも見て帰りました。笑

ライブ云々よりも、登場の際のSEが

THE SALOVERSの生物生育空間だったのがめっちゃ良かったです。笑